母が編んできたもの、つないできたもの。

親の介護

認知症の母。

毎週水曜日に楽しみにしていたランチ会が、9月末で終了しました。

そのことを聞いたとき、

母の世界が、またひとつ小さくなったようで。

私も、少し寂しくなりました。

母は元気だった頃、編み物教室の先生をしていました。

毛糸屋さんで教え始め、その後は公民館や自宅でも教室を開き、福岡に越してきてから40年近く、編み物を教えてきました。

広島県福山市で生まれ、結婚して関西へ。

父の転勤で44年前に福岡へ越してきた母には、当時、知り合いがほとんどいませんでした。

そんな中で、専門学校で学んだ編み物をいかして、自分の居場所と仕事を作っていったのだと思います。

編み物の腕は本当に素晴らしく、何でも編める人でした。

これは、これまで母が編んできた作品の、本当に一部です。

認知症を発症してからも、周りの生徒さんたちに支えていただきながら、自宅教室を続けていました。

そしてここ数年は、元生徒さんのご自宅でのランチ会が中心になっていたようです。

認知症が進んだ母にも、毎週声をかけてくださいました。

水曜日になると、母はランチ会へ。

そのランチ会が9月で終わると知り、私は初めて、元生徒さんのお一人と連絡を取りました。

以前から母には、

「編み物教室の生徒さんに、ご挨拶したほうがよくない?」

と聞いていました。

でも母は、

「そんなことしなくていいよ」

と。

母の世界に私が入っていくことを、あまりよく思っていなかったのかもしれません。

だから、気になりながらも、私はずっと控えていました。

今回、初めてお話を伺って、ここ数年も母が毎週ランチ会に参加できていたのは、皆さんの支えがあったからだと知りました。

母のカレンダーに予定を書き込んでくださったり、いろいろと気遣ってくださったり。

認知症が進んでいく母を、自然に受け入れてくださっていたのです。

感謝しかありません。

私は皆さんに、お手紙で感謝とお礼を伝えました。

最後まで、母の世界に私は入りすぎないように。

そして昨日が、最後のランチ会でした。

母は、これが最後の日だということは分かっていなかったと思います。

それでも、楽しく過ごしてきたようです。

写真もいただきました。

母は、この写真のことも、いつか忘れてしまうかもしれません。

それでも、飾っておこうと思います。

今回、私にいただいたメッセージには、こんな言葉がありました。

「お母さんには15年間の長い日々お世話になり、お母さんのお人柄が皆さんが辞めずに続けてこられたのだと思います。」

私の知らない、母の人生を感じることができました。

今回、思い切って連絡を取って本当に良かったと思いました。

これから母の生活は、少しずつ変わっていきます。

できなくなることも、ひとつずつ増えていきます。

だからこそ、母がこれまで歩いてきた道を、私なりに残しておきたい。

忘れてしまうかもしれない母に代わって、私が覚えておきたい。

そんな気持ちで、ここに書きました。

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