義母がグループホームに入ってから、夫の実家はほとんど空き家になりました。
月に一度ほど夫が様子を見に行っていますが、人が住まなくなった家を維持するのは、思っていた以上に大変です。
まだ義母が健在なのに、実家をどうするか、片づけるかという話をするのは、どこか申し訳ない気持ちもあります。だから今は、大きく手をつけることなく、最低限の管理だけを続けています。
でも、その「最低限」が決して小さな負担ではありません。
誰も住んでいなくても固定資産税は毎年かかります。さらに、想像以上だったのが庭の管理です。
私の実家なら庭の管理は年間5万円ほどですが、夫の実家は敷地が広く、きちんと手入れをしようと思えば20万円を超えます。
つまり、人が住んでいなくても、固定資産税と庭の管理費だけで毎年まとまったお金が必要になるのです。
実際、今の庭はかなり荒れてしまっています。自分たちだけでは手に負えず、先日はせめてお隣との境の木だけでもと、剪定をお願いしました。
そんな夫の実家ですが、夫には夢があります。
「いつか実家を使って、自分で打った年越しそばを振る舞いたい。」
SNSでつながった人たちを招いて、楽しい時間を過ごせたらいいなと話します。
その夢を聞くと、私も素敵だなと思います。
でも同時に、「自宅もあるのに、この家まで維持していけるのだろうか」と考えてしまいます。
空き家のまま何年もたてば、建物は傷み、庭は荒れます。いざ使おうと思った時には大きな修繕費が必要になるかもしれません。
いきなり大きなリフォームをする必要はありません。
まずは片づけから。
家の中にある多くの物を少しずつ整理して、水回りをきれいにし、庭も管理しやすい状態にしていく。
義母が一時帰宅できるようになった時も、気持ちよく過ごせるように。
毎年、固定資産税や庭の管理費を払いながら維持していくのなら、その間に少しずつ家を整え、将来に向けた準備も少しずつ進めていきたい。
それが、将来、住むにしても、貸すにしても、売るにしても、その時の選択肢を広げることにもつながると思っています。
でも、夫は「まだ先のこと」という考えです。
これは、どちらが正しいという話ではありません。
ただ、夫婦でも将来への向き合い方は違うものだと感じています。
まだ答えは出ていません。
でも、一つだけ思うことがあります。
家は時間が経つほど、手をかける場所もその費用も増えていくものです。
だからこそ、「まだ先のこと」と後回しにするのではなく、元気なうちから少しずつ考え始める。
それが、将来の選択肢を残すことにつながるのではないかと、今は感じています。


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